"森田かずや"そのうち全英泣かします(´・Д・)」

元プロダーツプレイヤーです。ダーツっぽい事色々書いてます。

Let's think

どうも森田です。

 

考えましょう!

 

って言葉が最近とても乱暴に聴こえて来ました。

 

考えが浅いとか深いとか、そんな事を耳にしてほどないですが、考える重要性は浸透しつつありながら考えてる人の"考える"とそうじゃない人の格差がどこら辺にあるのかな、と。

 

そのヒントが最近見つかりました。

 

それは

 

・好奇心

・目的

 

です。

 

常にこの2つの軸を明確にしておかなければ、無駄な考えに陥ってしまうんじゃないかと。

 

この2つの"バランス"といっても良いかもしれませんね。

 

例えば"好奇心過多"になるとどうなるか?

 

僕は筋肉や骨の仕組みや脳から発する波長やらを独学で色々と調べました。

 

でも、骨の名称や筋肉の名称はパフォーマンスには関係ないですよね。

 

ただ、人に伝える時に共通言語が必要ですからこの名称は必要になる。

 

じゃあ人に伝える理由のない人、例えばプレイヤーにこれは必要か?

 

という事です。

 

知らなくても使えればいいんですよね。

 

じゃあ次の好奇心は"どう使うか?"に変化していくべき。

 

ところが、好奇心過多になると

筋肉の名称から派生して

 

筋繊維の特徴

細胞の仕組み

骨の成分

神経系の名称

 

やらをどんどん調べて知識にしていく。

 

これは決して無駄ではないんですが、プレイヤーとして必要かどうかは「?」ですよね。

 

 

マグヌス効果

ジャイロ効果

慣性モーメント

 

を理解するのは大切ですが、

 

タングステンの成分

フライトの成分

 

などは好奇心が湧いたとしても、特に必要な事でもないかなと。

 

この好奇心の先に必ずあるべきものが目標であり、必要な好奇心を目標へと昇華させる事が「考える」ではないかなと思われます。

 

 

上手くなりたい→どうする?

 

この「→」と「?」をどれだけ言語化できるかが「考える事」じゃないかなと思います。

 

そんな細かい事考えなくても森田より上手いし、って人もいるかも知れませんけど。

 

でもせっかく人間に生まれて来たからには、唯一生涯成長の可能性を秘める「脳みそ」を鍛錬する事。

 

これは僕の生涯の目標であり好奇心です。

 

あれー?考えてるのに上手くならんなぁって方は、一度この好奇心と目標のバランスを見直してみてはどうなのかな?と思います。

 

闇雲に目標を掲げて突っ走るのは、突っ走れた時の美談にはなりますが、突っ走れなかった時何も残りません。

 

目標達成って、それ自体にはあまり意味がなくて、そのプロセスがその人の財産になるもんだと思ってます。

 

いつも目標達成って虹みたいなもんで、遠くから見てるときは大げさなものなんですが、いざ近くにいるとその虹自体あんま見えなくなるし、また別の虹を探しては突っ走るもんだなと思います。

 

 

僕はその突っ走る過程をたまに文字にしてるに過ぎません。

 

早く虹を手に入れれるように精進します。

 

Let's think!

 

グラッチェ!