黙ってやれよ
どうも森田です。
今まで色んな業界に足を踏み入れて、保守派や改革派、色んな考えをお持ちの方々と関わったり、または遠目に見たりして来ました。
スポーツに限らず、です。
そこでいつも思ってたのが
「黙ってやれよ」
って事です。
ここら辺は「人に伝える時の感性?!」って話になるんですけど、いちいち言い過ぎやと思うんですよ。
そりゃ言葉にする事は大事なんですけどね、なんか違う。
多分ね、本当にある一定以上のセールス能力(言葉思いつかない笑)があれば意味は分かると思うんですけど(^^;
例えば、自己紹介とかってするじゃないですか。
その時に「私は優しい人です」って言っても響かなくないですか?
「おー優しい人なんだ、いい人なんだ」
なんて印象はよほどのバカじゃない限り本気で思わないと思うんですよ。
じゃあその自己紹介はほとんど意味をなさない不毛な時間ですよね。
あんまり言いたくないんですけど、そういう時は
「ごく自然と優しさの分かるエピソードを端的に語る」
がベターな気がしませんか?
「私は面白い人間です」
って言葉より、面白い話した方が面白い人間だって印象与えられませんか?
みたいな感じです。
それを自己アピールかなんか知らんけど、やたらめったに自分の与えたい印象をそのまま言葉で羅列してるだけの人が多くて残念なんです。
だから、それなら「黙ってやれよ」と思うわけです。
「黙ってたら何も伝えれないじゃないか」
と思うのなら
「伝え方を考えろ」
と思うわけです。
それが頭を使うって事じゃないかなと。
魅力的に魅せる事じゃないかなと。
いくらダーツの良さを語ったところで、もっと非言語の部分を変えていかないとダメじゃないかなと。
誰のことか分からない愚痴ばっか並んでるアカウントのどこに魅力感じるんでしょうね。
そんな感じで、僕はもっと面白い人間だと評価されてもいいと思ってるのに全然反応無くて結構拗ねてますよって話でした。笑
グラッチェ!