"森田一也"そのうち全英泣かします(´・Д・)」

2018年PERFECTプロダーツプレイヤーです。目標はリア充投稿。

打率より安打数

どうも森田です。

 

昨年あたりから、いやダーツのプロになってから僕自身変わった事を今日は簡単に書こうかと思います。

 

過去に目標を諦めた経験も、第三者から見たら精一杯目標を追い終えたように見える経験もして、30歳になった日の事。

 

目標とか夢を一度諦めると、二度と夢は見ちゃいけないという謎の使命感に駆られながら20代後半を過ごしました

 

仕事にしても、やりがいとかやりたい事とかそんな綺麗事ばっかり追いかけてもしゃーないと、稼げない事に意欲を示す事に対して、自分自身バカにして正当化するようになってました。

 

夢を諦めた事をそうやって正当化してたんだと思います。

 

20代前半で野球を諦めた時、二度と夢は見ないと決めました。

 

それが覚悟だと思ってました。

 

じゃないも諦めた事を否定してしまうから。

 

そんな中でなんの目標もなく「ダーツ」を始めました。

 

当時は目標は全くありませんでしたが、成長する楽しさを再確認しました。

 

でも一定ラインを超えてくると、何のために成長してるのか?という謎のジレンマに陥る事になります。

 

そんな時に目にしたPERFECTプロテストの広告。

 

この時もダーツに対する見解は、世間一般的なその他大勢の認識と僕も同じ。

 

優勝しても100万円・・・

なんて夢の無いスポーツやねん・・・

 

本気でそう思ってました。

それはそれで、見解はある意味まだ変わってないかも知れません。

 

 

でも、なぜかプロテストを受ける事にしました。

 

本当に理由なんか無かったんですけどね、当時は。

 

理由無きゃいけないのか?とか

今すぐ勝てなきゃいけないのか?とか

踏み入れて見えるもんもあるんちゃうか?とか。

 

で、約3年前に自分の足でなぜ踏み入れてわかった事が最近分かりました。

 

あの時、消えかかってた挑戦する心がくすぶってたんだと思います。

 

あそこでどうせテスト受けても一緒やし、と何もしなかったら完全に挑戦する心は消えてたんじゃないかと思います。

 

あの時挑戦の心を消さなかった事おかげで、挑戦する事が増えたと思ってます。

 

一度諦めてから、30歳まではいかに失敗せずに最短で成功するかを考えてました。

 

もちろんそれはそれで今に活きてます。

 

確率を上げる過程で学ぶ事もたくさんありました。

 

もしかしたらその前置きがあって今があるのかも知れませんが。

 

そんな風に、プロテストで謎の挑戦してからというもの、失敗の捉え方も変わって来たんですよね。

 

例えばですが、

 

もしかしたら、このままPERFECTプロツアーで結果が出なければ「プロテストに合格した事が失敗」という事にもなります。

 

でも実際に今感じてる事は、挑戦した時点で成功してないかな?と。

 

挑戦したら必ず何らかのプラスになる、と。

 

すなわちそれは、体験が手に入ってるわけだし、ダーツがダメならまた別の事したり、それを活かして新たな道ができるかも知れないし、何かと何かを組み合わせれば自分だけの新たな道を作る事が出来ます。

 

20代の頃は打率ばっかり気にしてましたが、30代に入りダーツプロに挑戦してからはひたすら打席に立つ事を増やしました。

 

プロツアーにも出ました。

 

僕の中で、チャレンジする事が当たり前になりました。

 

その積み重ねで、昨年「プロ野球関西独立リーグの球団理事」の話にも繋がったのではないかと思います。

 

 

チャレンジする事に慣れてなければ、断っていたかも知れません。

 

というか一度断りましたしね笑

 

まあそう言わんと考えといて、と。

 

それからすったもんだで今があります。

 

これも良いのか悪いのかは、正直まだ分かりません。

 

でもどんな結果になったとしても「体験」は必ず残ります。

 

体験をもとに新たな事もできるでしょうし、積み重ねていく事も出来ます。

 

でも、何を積み重ねるかをしっかり考えなければ意味のないものにもなります。

 

でも意味が無いという事に気付けばそれはまた意味のある事。

 

だからこそ、もっと手数を出していった方が人生おトクじゃ無いかな?と。

 

経験が手に入るなら、どんどんチャレンジする事にしか意味が無いと思いました。

 

PERFECTプロツアーにチャレンジして、チャレンジする事が当たり前になり、ほかの事にもチャレンジする事の大切さに気付きました。

 

プロなら稼がなきゃ意味が無い。

民度が低いからダーツはダメだ。

酒飲むスポーツなんか認めない。

 

色んな声聞こえます。

 

でも、そんな事がいつもどこか他人事であまり気にならなかった。

 

それは周り関係なく、自分自身チャレンジする事にしか意味を感じて無かったからじゃないかなと最近感じます。

 

それからというもの、色んな打席に立って、今年は「球団GM &ダーツプロ」というおそらく誰も経験した事のない未知の活動をする事になります。

 

それだけでワクワクします。

 

そのうち野球の現役復帰とか言い出すんじゃないかとか自分でも怖いくらいです笑

 

まぁこの身体じゃ無理でしょうけどね^^;

 

なので、打率より安打数を見て、安打の数で評価されるのが人生ですから、僕自身の活動で「チャレンジする大切さ」を身を以て体現していきたいと思います。

 

グラッチェ!

 

PS.来週はPDCアジア、再来週はPERFECTプロツアー開幕、3月31日は関西独立リーグ東大阪で開幕です。

宜しくお願い致します!

 

 

Let's think

どうも森田です。

 

考えましょう!

 

って言葉が最近とても乱暴に聴こえて来ました。

 

考えが浅いとか深いとか、そんな事を耳にしてほどないですが、考える重要性は浸透しつつありながら考えてる人の"考える"とそうじゃない人の格差がどこら辺にあるのかな、と。

 

そのヒントが最近見つかりました。

 

それは

 

・好奇心

・目的

 

です。

 

常にこの2つの軸を明確にしておかなければ、無駄な考えに陥ってしまうんじゃないかと。

 

この2つの"バランス"といっても良いかもしれませんね。

 

例えば"好奇心過多"になるとどうなるか?

 

僕は筋肉や骨の仕組みや脳から発する波長やらを独学で色々と調べました。

 

でも、骨の名称や筋肉の名称はパフォーマンスには関係ないですよね。

 

ただ、人に伝える時に共通言語が必要ですからこの名称は必要になる。

 

じゃあ人に伝える理由のない人、例えばプレイヤーにこれは必要か?

 

という事です。

 

知らなくても使えればいいんですよね。

 

じゃあ次の好奇心は"どう使うか?"に変化していくべき。

 

ところが、好奇心過多になると

筋肉の名称から派生して

 

筋繊維の特徴

細胞の仕組み

骨の成分

神経系の名称

 

やらをどんどん調べて知識にしていく。

 

これは決して無駄ではないんですが、プレイヤーとして必要かどうかは「?」ですよね。

 

 

マグヌス効果

ジャイロ効果

慣性モーメント

 

を理解するのは大切ですが、

 

タングステンの成分

フライトの成分

 

などは好奇心が湧いたとしても、特に必要な事でもないかなと。

 

この好奇心の先に必ずあるべきものが目標であり、必要な好奇心を目標へと昇華させる事が「考える」ではないかなと思われます。

 

 

上手くなりたい→どうする?

 

この「→」と「?」をどれだけ言語化できるかが「考える事」じゃないかなと思います。

 

そんな細かい事考えなくても森田より上手いし、って人もいるかも知れませんけど。

 

でもせっかく人間に生まれて来たからには、唯一生涯成長の可能性を秘める「脳みそ」を鍛錬する事。

 

これは僕の生涯の目標であり好奇心です。

 

あれー?考えてるのに上手くならんなぁって方は、一度この好奇心と目標のバランスを見直してみてはどうなのかな?と思います。

 

闇雲に目標を掲げて突っ走るのは、突っ走れた時の美談にはなりますが、突っ走れなかった時何も残りません。

 

目標達成って、それ自体にはあまり意味がなくて、そのプロセスがその人の財産になるもんだと思ってます。

 

いつも目標達成って虹みたいなもんで、遠くから見てるときは大げさなものなんですが、いざ近くにいるとその虹自体あんま見えなくなるし、また別の虹を探しては突っ走るもんだなと思います。

 

 

僕はその突っ走る過程をたまに文字にしてるに過ぎません。

 

早く虹を手に入れれるように精進します。

 

Let's think!

 

グラッチェ!

書いても仕方ない事書きます

どうも森田です。

 

今僕はPERFECTはオフシーズン、独立リーグもオフシーズンみたいな感じで、色々と"現場以外"の活動が1番活発な時期です。

 

現在表立って行動してるのは上記の2つですが、他にも・・・ね。

 

逆に僕がスポンサー側の案件だってあったりするし、みたいな立場からの「仕方ない事」を書きます。

 

一言で言えば「ふーん」って事です。

 

それが何か?って言うと

 

「◯◯したらスポンサーするよ」

 

って言葉は信用出来ないよって話です。

 

僕の中では「これはごく当たり前」で100%信用してない言葉なので何とも思わないのですが、これから頑張ろうって選手やチームに対してこの断り文句に近い条件を、安易に言うのは如何なものかな?と思うわけです。

 

僕は誰に何を言われたか、ほとんど全て覚えてます。

 

言葉のニュアンスなりで信用に値しない言葉も含めて覚えてます。

 

僕は言葉自体の意味なんて"ほとんど"どうでも良いと思ってるし、言語と非言語の間にあるメッセージを汲み取る訓練をしてきた自負があります。

 

簡単に言えば「言葉」が出て来た根拠や背景にしか注目してない的な事です。

 

ところがですね、普通言葉は信じたいし信じるものだし言葉の意味の通りの意味を成すべきです。

 

「◯◯したらスポンサーするよ」

                        ↓

「◯◯したらスポンサーしてもらえる」

 

これで良いわけじゃないですか本来。

 

ところが実際はそうじゃない。

 

でも殆どの人は信じるんですよね。

 

言葉のみを。

 

そして裏切られたとか約束守ってくれないとか色々と思うわけですよ。

 

この時期、特に耳にするわけですよ。

 

でも残念ながら僕にスポンサーの話を持って来てもらった場合じゃなくてね、

 

まだスポンサーのついてない(ダーツに関しては僕も含みますが笑)選手が嬉しそうに言ってくるんですよ。

 

「◯◯したらスポンサーしてくれるんすよ」

 

ってな具合で。

 

じゃあ僕はこう思っちゃうんですよ。

(あー、またか・・・と)

 

そして出る言葉が

 

「ふーん」

 

なんですよ。

 

頑張れよ!としか言えない^^;

 

 

誰も得しない。

 

書いても仕方ない。

 

そんな内容。

 

今までロビン抜けた事ない人に

「ベスト8に入ったらスポンサーするよ」

って言う人は

「まあベスト8は無理やろな」

と思ってる人です。

 

ベスト8に入っても忘れてるか忘れてるフリしますから。

 

個人的に僕が今まで協力頂いた方は全て「無条件」でした。

 

無償の愛には命掛けて取り組みます。

 

そのおかげで今があります。

 

スポンサーの数でブランディング

 

アホか!と僕は思ってます。

 

飾りちゃうぞ、その人が生活掛けてるその仕事の一部を自分の活動サポートに回してくれてるんやで?

 

それを飾りだのブランディングだの何を寝ぼけとんねん!と思います。

 

逆や逆。

 

自分をサポートする事でスポンサーさんがブランディングになるようにする。

 

俺あいつサポートしてんねん!

と胸張って言ってもらうところがまずはスタート。

 

ダーツに関してはまだまだ足りてない。

 

それでもね、匿名や個人でスポンサーしてくれてる方が若干名ですがいてるわけです。

 

少なくとも僕はそう思ってます。

 

人の数?

お金の額?

 

そうじゃなくて、その人の生活の一部を提供してもらってる。

 

そりゃお前命かけろよ!と思うのが普通じゃないですか?

 

「◯◯したらスポンサーするよ」

 

もちろん実績は必要ですが、その言葉鵜呑みにして話が違うだの有頂天になったりだの、見てて「ふーん」ってなるのでせめて

 

「言語と非言語の間のメッセージ」

 

を汲み取る癖を付けて、本当に良い関係を築ける人同士だったらもっと健全な世界が作れると思うんですけどね。

 

この時期はどうしてもそのような事を耳にしがちなので書いておきました。

 

ダーツプレイヤーとしても、独立リーグのスポンサーにしても、逆に僕がサポートしてる団体等についても、この根本の考え方は変わりません。

 

そりゃ、スポンサーがいっぱいいる人からすると価値観の違うところがあるかも知れませんが、数とか関係ないよと。

 

他人の生活の一部を提供してくれてる事。

 

そしてスポンサー側の僕の意見は

 

「◯◯をサポートしてる事」

を勝手に利用させてもらうから頑張ってね。

 

と思ってます。笑

 

スポンサードする選手個人に見返りを求める以外にも、スポンサードしてる事実自体でスポンサー側が少しでも利益に変える、簡単に言えば"利用する"方法も1つ。

 

やりようはなんぼでもある。

 

その考えのないスポンサー側の常套句が

「◯◯したらスポンサーするよ」

という言葉に凝縮されてると思ってます。

 

選手たちは言葉を鵜呑みにしちゃいけないぜ!

 

言葉を鵜呑みにせずにメッセージを汲み取る訓練は生きる上で必要なコミュニケーション能力だと思ってます。

 

考えは色々あるかと思いますが、オフシーズンならではの事を書いてみました。

 

書いても仕方ないですけどね笑

 

それをあえて書くのが僕のブログですから。

 

まあ見ときなさいよ。

 

グラッチェ!

PDCアジアツアー

どうも森田です。

 

昨日1月15日より、2月16日17日のPDCアジアツアーのエントリーが開始されました。

 

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自身初のハードの大会がPDCアジアっていう、自身初の大会がPERFECTだった僕のソフトのデビュー戦と同じ匂いがしましたね笑

 

あの時は、目標をワンランクあげて掲げればある程度まで走り切れるんじゃないかと思ってましたが、今回の参戦は実質目標に近づく為の大会になります。

 

PERFECTでの戦績は、納得行くものではありませんが、それでも参戦を決めたのは、自身の目指す場所をこの目でこの身体で体感して、より正確に距離を計りたかったからです。

 

意外と近いんちゃう?

とか

ちょっと見えへんくらい遠いな。

とか

色んな感情が生まれるはずですので、4年目のプロツアーを回るにあたり、常に背伸びして成長していこうと思います。

 

 

足りないのは分かってます。

でもその場しのぎでもがく事で得るものもあるし、そもそもそこからのスタートでしたから、今更何も変わる必要もないと。

 

むしろプロ4年目、プロツアーに惰性で慣れたら終わりだなと常に思ってますので、今年こそは目標への足がかりと出来るように飛躍したいと思います。

 

その為の準備を昨年から始めてます。

 

これでダメならいつでも諦める覚悟は出来てます。

同時にそれだけ自信もありますから、必ず良い結果をもたらしたいと思います。

 

僕を見てくれる数少ない方々に、最高の結果報告をする為に。

 

というわけで2月16日17日のPDCアジアツアーのエントリーをしてきました。

 

その翌週は2019年PERFECT開幕です。

 

モタモタしてる時間はないので、大急ぎで成長を重ねていきますよ!

 

グラッチェ!

なんでタダで教えたらダメなん?

どうも森田です。

 

少し熱が冷めたっぽいので、ひっそりと僕の考えを書こうかなと思います。

 

一部の方には、僕自身が取り扱ってる仕事の話をお伝えしてます。

 

でも100%は誰にも伝えてません。

 

「野球を教えてる」事しか伝えてません。

 

なので、その側面から「教える」についての僕の見解をお伝えしたいなと。

 

議論になったのは

 

「教わるならお金払え」

「タダで教えてくれる人もいる」

 

この二つの側面から交わらなかった議論なんでしょう。

 

さらにはダーツの場合、 ライセンスがあるかないかだけの"プロ"という肩書きも多少は邪魔してるのかなと。

 

プロに教わるならお金払わないと。

とか

プロとして活動してるから無料で教えるわけにはいかない

とか。

 

一方僕の場合はというと、野球でいえば僕は元プロ野球選手より高額なレッスン料を頂いてレッスンしてます。

 

かれこれ7年前からこのスタンスです。

 

教える事でお金を頂いてます。

権威性の高い元プロよりも。

 

ダーツの場合は明確なレッスンの土壌、さらに理論も定かではない。

 

これに関して、賛否はありますが元プロ(現在もプロ?!)の有名な方も記事にしてました。

 

「無料でどんどん教える事で業界の裾野を広げる」

 

的な事を。

 

この部分も一理あるかと。

 

というより、どれもが最もな理由だと思います。

 

でも別にそこの大義名分は僕からしたら"何んでもいい"と思ってます。

 

お金を払いたい人は払えばいいし

お金を貰いたい人は貰えばいい

 

その上で僕が元プロより高額のレッスン料をもらってる理由。

 

お金?

ドリンク?

無料?

 

それの本当のところは、報酬をもらうに値するかどうか、自信の無さと責任逃れとも取れます。

 

数千円、ワンドリンクくらいなら別にどっちもそんなに損しても痛くないかな。

 

みたいな。

 

言い方悪いですが。

 

だからお金を貰っても貰わなくても、足りないのは覚悟だと。

 

「教える覚悟」だと思ってます。

 

無料で教えたら教えた側が損する。

有料で教えたら教わった側が損する。

 

そういう図式で見てるから起こった議論なのかな?と。

 

一方で僕は、月5万なら5万の覚悟。

 

いや、5万以上の覚悟ですね。

 

それにね、これはツイッターで書こうか迷ってやめたんですけど形ないものを取り扱うと「詐欺」って言葉が絶対付いて回るんですね。

 

 

今回言いたいのは「詐欺」がどこから発生するか?です。

 

例えばですが

 

月額 3000円

月額 50000円

 

どちらかに払うとします。

 

払った時点では何も得てません。

 

詐欺ってことになるかも知れません。

 

一ヶ月後、何も変わりませんでした。

 

詐欺になるかも知れません。

 

一年後、大きく飛躍しました。

 

詐欺じゃないですよね。

 

売買成立のタイミングと

詐欺のタイミング

 

これは必ずズレがあります。

 

だからこそ、いくらでも売れるんですよ。

 

僕らが資本主義の中で消費してるのは

全て"情報"です。

 

プロ野球選手という情報。

月額5万円という情報。

 

お金を払った先の未来を見せ

その未来を必ず実現させる覚悟。

 

これがレッスン料だと僕は考えています。

 

得する?

損する?

 

そんな目先の事を考えてるから小さいんやと。

 

資本主義の基軸を相場に逃げるのは簡単です。

 

基軸を自分にしっかり持てた時、相場に左右されない独自性が身に着くのではないかなと思ってます。

 

だからツイッター

「一回あえて高額で商品を売ってみてください」

と呟きました。

 

文脈はどんなだったか忘れましたが笑

 

売れば分かるんですよ。

覚悟がのしかかってくる事が。

 

ちなみに返金保証有の野球教室は未だ返金はゼロです。

 

体験からの入会率は90%以上。

 

半年以上の継続率は100%。

 

今のところ。

 

僕はお金を貰う事で責任を買ってます。

もしかしたら高いなと思ってるかも知れませんが、それ以上の価値があるから続けてくれてるんだと思います。

 

名もないノンプロが、脳みそ一つで勝つには、弱者の戦法しかなかったわけです。

 

大きなパイは取れないから、小さなところから圧倒的な結果を出し続ける。

 

その一つの集大成が今年の教え子達。

 

競技の知名度の差はあるとはいえ、教える覚悟という点では共通項かなと思いますので、まだまだこの界隈の"指導"という分野は遅れてるなと感じます。

 

いきなりは難しいから、それを救済するもう一つの方法はキャッシュポイントを後ろにズラす方法とかになるかと思います。

 

これに関しては、一昔前に無料のメルマガとか、さらにはキングコングの西野さんがほぼほぼ同じような手法で絵本売ってましたが。

 

みたいな感じでいくらでもやりようはあるはず。

 

これって何か分かりますか?

 

伸びしろですねー!

 

グラッチェ!

2019年は◯◯な年にします。

どうも森田です。

 

新年のご挨拶となります。

 

昨年は色々とお世話になりました。

 

思い返せば、上向きのまま2018年を迎えて、シーズン前にダーツの軌道を一度全部ぶっ壊して、それでもそこそこやれたので、後半はいけるんじゃないか?と思ったら4戦連続ロビン落ちを味わって、ハッピーニューイヤーって感じの年でした。

 

なにがハッピーやねん!って話なんですが、結果が出ない時ほどその人の根っこが見えるわけなので、昨年は自分でも見えなかった自分を客観視出来ました。

 

野球やってた頃と比べて成長したなと思います。

 

決断も覚悟も自分で納得してます。

 

自分はこんなもんじゃないって気持ちのみが今の原動力です。

 

全ての感情のベクトルを自身に向けられてる実感があります。

 

30歳過ぎてからダーツを始めて良かったと思います。

 

20代の頃ダーツを始めてたら色々と我慢出来てた自信がありません笑

このベクトル、四方八方飛び散らかってた気がします笑

 

 

そんな風に今この歳でダーツを始めて、なるべくして起こるべくして、置かれた環境で森田一也はどうもがけるか?

 

俺は成り上がる星の下に生まれて来たんだと信じて、今年も取り組みたいと思います。

 

そのために、反省はしても後悔はしないように日々生きていきたいなと。

 

それに今年は、ダーツ以外にも様々な新たな取り組みも御座います。

 

例えばプロ野球独立リーグであったり、自身の野球教室であったり、思い描いた理想に近づいているわけですが、ダーツに関してはやや遅れを取っている・・・

 

そんな印象です。

 

にも関わらず・・・いや、だからこそあえてですね。

 

PDCにもチャレンジしようと思ったり。

 

あくまでPERFECTで結果を出す事が、全てに繋がるのは大前提ですが、それと並行して目指すべき場所を実体験として捉えていく年にもしたいなと。

 

いつまでも自分の成長を待ってたらダメなんで、もっともっと自分の成長を追いかけてやります。

 

それが今年の目標です。

 

唯一無二のこの環境、状況を誰よりも楽しんでいきます。

 

そして、この記事をご覧の方々には、何かとご協力を賜るかと思いますが、是非とも宜しくお願い致します。

 

たまには真面目な事を言いますが、8割くらいは内容が無いふざける事も、どうかぬるま湯のような温かな眼で見守って頂けたら幸いです。

 

本年度もどうぞよろしくお願い致します。

 

森田一

上手くならない理由から日本の教育を考える

どうも森田です。

 

この時期になると、野球を教えてた生徒達が帰省して連絡をくれる子達がちらほらいてます。

 

そこで飛躍した子もいれば、思った通りにいかなかった子もいる。

 

いずれもアドバイスを求めてくる。

 

そこで、特徴的なのが

「何回くらいやればいいですか?」

「1日何時間くらいやればいいですか?」

 

という質問。

 

そして面白い事に僕から見て"飛躍したな"と感じる子達の質問には、それらの要素が一切ない。

 

というかアドバイスも「あの時のあれやん」で終わる笑

 

一応は"中学で教え終わってる"はずですから。

 

とはいえ、僕も成長してる"はず"なので、新たに伝える事はあります。

 

でもそれはほとんどの場合、新たなものではなくて今まで"センチ"単位だったものが"ミリ"単位になったり、キロ単位だったものがグラム単位になるようなものの場合が多い。

 

それに一度言ったからと言って二度と忘れない保証もありませんしね笑

 

二度目三度目、何回でも僕は同じ事言います。

 

その理由は、同じ映画でも同じ印象とは限らんやろ?笑

同じ漫画も何回も読んだりして、気にならんかったところ気になったりするやろ?

だから指導も同じ事言っても違う視点で別の何かに気づく事もあんねん。

 

と説明してます。

 

 

一方の思った通りにいかず、くすぶってる子は数や時間にこだわります。

 

やった事ないから分からないですけど24時間ずっと同じ練習したら、もしかしたら上手くなるかも分かりません笑

 

やった事ないから知らんけど。笑

 

実は、それをまずは書き換えて行く作業が、僕の中で最優先事項なのですが、それでも未だにこの質問は一定数必ず出てきます。

 

とはいえ、何回何時間・・・その質問は決してマイナスではありません。

 

むしろ「やってやろう!」というポジティブな質問なはずです。

 

でも結果はほぼ付いてこない。

 

いや待てよ、僕が超ドSならもしかしたら・・・でもそれはそれで論点がズレるから置いとこう。笑

 

僕が最優先に位置付けても書き換えれない理由は「日本の教育」にあると思ってます。

 

日本の教育の良し悪しの決め方って"学力"です。

 

その"学力"ってどうやって決めるか?

 

勉強の出来、テストの点数です。

 

じゃあテストの点数取る為にはどうしたら良いか?

 

覚えたらいい。

 

何も考えず、ひたすら暗記すれば、ほぼ高得点は取れるはずです。

 

なので"学力"とは"記憶"なんだと思います。

 

僕達が日本の教育で教わった勉強って、記憶力テストに勝つ方法なんですね。

 

そして「勉強ができる=頭が良い」という図式になります。

 

当然未だ優遇される学歴もこれに基づいてますから、学歴の高い人ほど上記の方法に忠実だったと言えます。

 

もちろん全てではありませんが、今の教育上「記憶力テストで勝ち続ける」事で「自分は頭が良い」という勘違いを起こしやすい状況になるのはむしろ自然だと思います。

 

そして、それにメスを入れたのが「ゆとり教育」ですね。

 

 

もっと考えさせよう!と。

 

その結果、失敗と言わざるを得ない時代を作りました。

 

ゆとり世代」という皮肉な言葉まで生まれました。

 

考える事に重きを置いた結果、皮肉な結果になった事実。

 

ここに大きなヒントがあると僕は感じます。

 

まず学生の学力とは記憶です。

 

では社会の学力ってなんだろう?と考えると、それは"導き"だと思います。

 

結果とかプロセスをひっくるめて、どう導くか?に焦点は当てられてきたはずです。

 

今まで覚えりゃ良かったもの、覚えたもん勝ちだった世界に、急に「答えを見つけろ」と突きつけられるもんだから、当然戸惑う。

 

これが日本の教育の実態だと思ってます。

 

とはいえ、全てを理解した上で「とりあえず記憶すりゃ学歴が手に入る」と割り切って生きるにはとてもイージーな時代だと思います。

 

実際、僕自身はそう思ってました。

 

スポーツ出来て勉強が出来たら学生時代ってまあまあ無双出来ます笑

 

"賢い"と思ってもらえたら、大半の悪さも「一時の気の迷い」で大目に見てもらえます笑

 

そんな風に覚えるだけで得られるものが大きい、いや大き過ぎるんですねこの教育のシステムは。

 

記憶力テストの点数なんて、数と時間をこなせば記憶障害などを除き、誰でも簡単に手に入ります。

 

やればやるだけ結果に比例する。

 

だ・か・ら

 

何回やれば良いですか?

何時間やれば良いですか?

 

の質問が根強く残ってるのだと思います。

 

最終的に大事なんは、記憶ちゃうで、導きやで。

 

僕が野球を通じて社会で役に立つ部分は、まさにここだと思ってます。

 

そう教えてます。

 

よく言われる礼儀とか敬語とか、そんなものはヤンチャしてた方が手に入るんじゃないか?笑

 

むしろせっかく野球やってそれしか学べないって情けないやんと思ってます。

 

こんなに導き方を学べるのに・・・と。

 

そして、それを30歳になってからダーツに活かしてみようと思ったのが森田一也なわけです。

 

ちなみに日本の教育を否定してるわけではないんです(ほぼ否定ですけど笑)

 

一つだけ足りないよね、と言いたいだけです。

 

今やってるのは記憶学習。

 

今後必要な"導き"には知識が不可欠だから、その準備だよ、と。

 

知識を蓄える為の準備に過ぎないよ、と。

どう活かすか?を考えるんだよ、と。

知識っていう点が無ければ、線は導けないよ、と。

 

 

ここまで伝えてこそ意味を成すと思いません?

 

やります出来ます頑張ります、が通用してたのは記憶学習時代だったからだと。

 

そうなると

 

最初は量が大事だよ。

でも頭打ち来るよ。

 

の理由になりませんか。

 

なぜ頭打ちが来るのか。

なぜ量をこなす事の正義が無くならないか。

 

どちらも正解なはずが、すぐに論争を繰り広げる二極化の様相を呈す事も、今の日本の教育にあの一言を付け加えるだけで国民のレベルはワンランク上がると思うんですけどね。

 

でもそれを教える教師がマニュアルやもんな。

 

無理やわな。

 

だから僕は野球を通じてこの事を伝えてるんです。

 

じゃあ野球も上手くなるだけで。

 

そんな感じで僕もダーツ上手くならないかな。

 

自分がまず証明しないとですね。

 

まあ見ときなさいよ。

 

グラッチェ!